中外日報
平成22年(2010年)5月13日
竹亭福良虎雄を顕彰
ゆかりの故人 大阪新聞界の元老
こより観音三十三観音まつりで開帳
〝萩の寺″として知られる曹洞宗東光院(村山廣甫住職、大阪府豊中市南桜塚)は三日から五日まで、後醍醐天皇ゆかりの「こより観音」を年に一度開帳する「三十三観音まつり」を開いた。期間中、大阪毎日新聞などで健筆を振るった大阪新聞界の元老的存在で、東光院境内に寿碑が立つ福良虎雄(一八七〇ー一九四一)ゆかりの品が大書院で公開され、その功績を顕彰した。
「三十三観音まつり」に合わせ、同寺では二年前から「萩の寺に集う人々」と題してゆかりの故人を顕彰している。一昨年は殷汝耕、昨年は須磨對水に焦点を当てた。
「竹亭」と称された福良虎雄は明治三年、徳島市生まれ。徳島日日新聞を振り出しに、報知新聞(東京)、大阪毎日新聞、東京日日新聞、夕刊大阪新聞、日本工業新聞で記者・役員を五十有余年務め、「東の(徳富)蘇峰、西の竹亭」と称される当代の傑出した新聞人として活躍した。
また「大阪明治文化研究会」など大阪の文化団体にも広くかかわり、大阪文化・明治文化の宣揚にも尽くした。
大書院前に立つ「竹亭福良翁寿碑」は、竹亭の古希の賀寿と新聞記者生活五十年の功績をたたえて竹亭の生前、建立が計画されたもの。各界の九百三十八人から多額の拠金があり、建設場所には竹亭愛好の地、萩の寺が選ばれ、碑文・揮毫は蘇峰に依頼された。
しかし竹亭は寿碑完成を目前に昭和十六年九月十三日、数え七十二歳で死去。十月三十日、竹亭満中陰の日に碑の除幕式と善塔良関住職の導師で追悼法要が執行された。
除幕式に参列した五男・恒(ひさし、大阪毎日新聞記者、昭和二十年十二月、旧ソ連で死去)氏は、旧満州の戦陣から幼少の長男・浩氏にあてた遺書「清明驀直」の中で、除幕の瞬間「自分の眼にも喜びに感涙する父のあの面ざしがはっきり見えた」と記している。
三日は午前十時から、三十三観音まつりの開白法要を本堂で厳修。法要後、竹亭の写真や竹亭と蘇峰の往復書簡、清明驀直の写しなど竹亭ゆかりの品々が展示された大書院で、村山住職が法話を行った。
村山住職は、日清・日露戦争取材での「現地主義」や「記事は女性でも興味を持てるように、子供でも分かるように」と語っていたことなど、記者・竹亭の横顔を紹介。
また清明驀直で恒氏が父・竹亭の偉大さを子の浩氏に語っているのは「これこそご先祖供養であり、素晴らしいこと」と述べ、金子みすゞの「蓮と鶏」と詩を引きながら「千金にも値する」竹亭の生涯と恒氏の遺言をたたえた。
四日には浩氏夫婦ら遺族四人の参列のもと、竹亭と恒氏の慰霊の法要が本堂で営まれた。
合掌
萩の寺事務局拝
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