お知らせ

2010年8月28日 竹亭福良虎雄を顕彰 《中外日報 平成22年5月13日 記事》 (東光院執事)

 

中外日報

平成22年(2010年)513

 

 

竹亭福良虎雄を顕彰

 ゆかりの故人 大阪新聞界の元老

 

 

こより観音三十三観音まつりで開帳

 

 

〝萩の寺″として知られる曹洞宗東光院(村山廣甫住職、大阪府豊中市南桜塚)は三日から五日まで、後醍醐天皇ゆかりの「こより観音」を年に一度開帳する「三十三観音まつり」を開いた。期間中、大阪毎日新聞などで健筆を振るった大阪新聞界の元老的存在で、東光院境内に寿碑が立つ福良虎雄(一八七〇ー一九四一)ゆかりの品が大書院で公開され、その功績を顕彰した。

 

 

「三十三観音まつり」に合わせ、同寺では二年前から「萩の寺に集う人々」と題してゆかりの故人を顕彰している。一昨年は殷汝耕、昨年は須磨對水に焦点を当てた。

 

 

「竹亭」と称された福良虎雄は明治三年、徳島市生まれ。徳島日日新聞を振り出しに、報知新聞(東京)、大阪毎日新聞、東京日日新聞、夕刊大阪新聞、日本工業新聞で記者・役員を五十有余年務め、「東の(徳富)蘇峰、西の竹亭」と称される当代の傑出した新聞人として活躍した。

 

 

また「大阪明治文化研究会」など大阪の文化団体にも広くかかわり、大阪文化・明治文化の宣揚にも尽くした。

 

 

大書院前に立つ「竹亭福良翁寿碑」は、竹亭の古希の賀寿と新聞記者生活五十年の功績をたたえて竹亭の生前、建立が計画されたもの。各界の九百三十八人から多額の拠金があり、建設場所には竹亭愛好の地、萩の寺が選ばれ、碑文・揮毫は蘇峰に依頼された。

 

 

しかし竹亭は寿碑完成を目前に昭和十六年九月十三日、数え七十二歳で死去。十月三十日、竹亭満中陰の日に碑の除幕式と善塔良関住職の導師で追悼法要が執行された。

 

 

除幕式に参列した五男・恒(ひさし、大阪毎日新聞記者、昭和二十年十二月、旧ソ連で死去)氏は、旧満州の戦陣から幼少の長男・浩氏にあてた遺書「清明驀直」の中で、除幕の瞬間「自分の眼にも喜びに感涙する父のあの面ざしがはっきり見えた」と記している。

 

 

三日は午前十時から、三十三観音まつりの開白法要を本堂で厳修。法要後、竹亭の写真や竹亭と蘇峰の往復書簡、清明驀直の写しなど竹亭ゆかりの品々が展示された大書院で、村山住職が法話を行った。

 

 

村山住職は、日清・日露戦争取材での「現地主義」や「記事は女性でも興味を持てるように、子供でも分かるように」と語っていたことなど、記者・竹亭の横顔を紹介。

 

 

また清明驀直で恒氏が父・竹亭の偉大さを子の浩氏に語っているのは「これこそご先祖供養であり、素晴らしいこと」と述べ、金子みすゞの「蓮と鶏」と詩を引きながら「千金にも値する」竹亭の生涯と恒氏の遺言をたたえた。

 

 

四日には浩氏夫婦ら遺族四人の参列のもと、竹亭と恒氏の慰霊の法要が本堂で営まれた。

 

 

合掌

萩の寺事務局拝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆永代供養ご相談承ります☆

 

 

-萩の寺永代供養墓「吉祥林永代塔」受付中-

 

色とりどりの花に囲まれた、永代供養のお墓です。古来からの正式な伝統に則った永代供養が営まれます。お問い合わせは下記までお願い致します。

 

TEL:

06-6855-7178(永代供養直通)

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大乗会のことば

貧者の七施 (東光院執事)

貧者の七施。

七回目は『房舎施』についてお話ししましょう。

 

 

※※房舎施(ぼうしゃせ)※※

 

困っている人、必要としている人に場所、空間、宿を提供し、労をねぎらう。

誰に対してでも一宿一飯の施しをするという事は、現在では難しい事なのかもしれません。

ですが、その心持ちは大切です。

自宅に迎え入れて休んでいただいたり、雨露をしのいでもらっったり。

四国にはお遍路さんをもてなす『お接待』という風習も残っています。

労をねぎらう、おもてなしをする心が大切だということです。

 

 合掌 

萩の寺事務局拝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大阪の東光院 萩の寺では、永代供養や水子供養、葬儀・法事を受け付けています。 萩の寺の永代供養は、お子様がなく、お墓を守ってくださる後継者のいない方や単身の方で、 没後の御自身の供養でお悩みの方などに安心のために作られ、 正しさと伝統を守りつつ50年間続けられるお供養です。 納骨はお墓である吉祥林永代塔にて行われます。 永代供養や納骨をご希望の方や費用などご不明点がございましたら萩の寺までお問い合わせください。

当院のご紹介

  sanmon.jpg 当院は新西国第十二番霊場、西国七福神第一番霊場として知られる行基菩薩創建の寺院です。

 御本尊として行基菩薩自作の「薬師如来」と「十一面観世音」、重要文化財(旧国宝)「降魔座釋尊」を安置しています。

 当院は境内の美しい萩でも広く知られ、古来の名称「萩の寺」としても親しまれています。淀君、孫文、正岡子規などのゆかりの地としても知られています。

 境内の風景 2010年8月13日

○※萩※○

(東光院執事)

 

 

『 門前すでに  丈余の萩の  盛りかな 』

月斗

 

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青木月斗

本名、新護。明治12年大阪生まれ。

大阪道修町の天眼水本舗の主人としても有名な豪商。

初め月兎、のちに月斗と号した。

子規門下で水落、露石らと共に当時の大阪俳壇の重鎮として、

明治31年大阪満月会を創設。 その会の育成に尽力した。

同32年『車百合』(のちの『同人』)を発刊し、晩年までその経営にあたる。

子規は「俳諧の西の奉行や月の萩」の句を贈り、そ の業績を称えた。

昭和24年、疎開先の奈良県大宇陀町にて71歳で没した。

 

 

 

 

 


[境内の風景バックナンバー]